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世田谷のボロ市

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世田谷のボロ市

(せたがやのぼろいち)

民俗
資料ID 21638
分類 信仰・行事 > 風俗慣習
地域 世田谷
実施団体 世田谷ボロ市保存会
文化財指定 都指定 無形民俗文化財
所在地 世田谷 公開

 北条氏の関東制覇の後、世田谷は、小田原本城と江戸城を結ぶ矢倉沢往還の中間に位置する交通の要所として重視されるようになった。北条氏は元宿(今の世田谷区役所あたり)に対し、道筋に新宿を設置して、その保護振興政策としてここに市を開いた。天正6年(1578)、小田原城主北条氏政は世田谷新宿にあてて楽市掟書を発している。掟書によるとこの市は1ケ月に6日開かれる6斎市だったが、江戸時代には12月15日だけの歳の市となった。明治に入ると1月にも開催され、残市と称した16日の市も定着していった。市町の商品は、正月用品や日用品のほか農具が多く扱われていたものの、明治20年代になると商品に占める古着、ボロの比重が大きくなった。野良着の繕いや草鞋の補強に使われるボロの需要は大変に大きく、大抵午前中に売り切れてしまうほどであった。こうして市町は「ボロ市」と呼ばれるようになった。
【関連項目】
・世田谷代官屋敷 [https://setagayadigitalmuseum.jp/collection/21914/detail/]
・大場家住宅主屋及び表門 [https://setagayadigitalmuseum.jp/collection/21707/detail/]

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