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江戸時代の世田谷

掲載日:2019年3月19日

江戸時代の村の生活

 世田谷の村々には畑が広がっており、夏は瓜(うり)やナス、秋は大根やごぼうなどを作っていました。作った野菜は江戸に持って行き、お金を得ていました。野菜を江戸に運んだ村の人々は、その帰りに武家屋敷や江戸の町から下肥(しもごえ)を持ち帰り、畑の肥料としていました。よい野菜を作るためには大量の下肥が必要だったのです。

 江戸時代の村にはいろいろな民間信仰(みんかんしんこう)がありました。村には村を守ってくれる神社があり、神社でおこなわれる祭礼は村の人びとの楽しみでした。また近所の人たちが集まって「講(こう)」とよばれるグループをつくり、特定の日にみんなで飲み食いをしました。「講」にはいろいろな種類がありました。
 たとえば庚申講(こうしんこう)は、60日に1回まわってくる「庚申(こうしん=かのえさる)」の日に、みんなで集まって食べたり飲んだりすることで、一晩中ねむらないですごします。なぜかというと、庚申の日には、「人の体の中にいる3匹の虫が、眠っている間に天にのぼって、神様にその人の悪いところを告げ口に行く」と考えられていたからです。区内の各地で庚申講によって立てられた庚申塔(こうしんとう)が残されています。写真は喜多見にある庚申塔です。現在のように「日曜日が休み」というような休みの日がなかった昔には、庚申講の集まりは、農作業を休む楽しみでもありました。また伊勢講(いせこう)や大山講(おおやまこう)のような神社やお寺のお参りも、現在の観光旅行(かんこうりょこう)のようなもので、人びとの楽しみの一つでもありました。

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