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室町時代の世田谷

掲載日:2019年3月19日

吉良氏と世田谷城

 室町時代から戦国時代にかけて、世田谷の地域を支配していたのは、吉良氏(きらし)です。吉良氏は、室町幕府(むろまちばくふ)の将軍である足利氏(あしかがし)の一族です。吉良氏は、室町時代には世田谷に領地を持っていたことがわかっています。また、「世田谷吉良殿」(せたがやきらどの)と書かれた記録があり、世田谷に住んでいたこともうかがえます。吉良氏が住んでいた館(やかた)が世田谷城です。現在の世田谷城址公園(せたがやじょうしこうえん)から豪徳寺(ごうとくじ)を含む地域が吉良氏の館だったと考えられています。

 戦国時代になると、吉良氏は小田原の北条氏(ほうじょうし)との結びつきをつよめていきました。世田谷は、北条氏の本拠地(ほんきょち)である小田原と江戸を結ぶとちゅうにあったため、交通のうえで大切な場所でした。このため、世田谷がさかえるように、新しく市を開き、楽市(らくいち)とすることが定められました。この市は今のボロ市として続いています。

 やがて豊臣秀吉(とよとみひでよし)が北条氏をほろぼすと、世田谷城主(じょうしゅ)であった吉良氏朝(きらうじとも)は、千葉へのがれました。

 

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