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せたがや歴史文化物語

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014失われた地名の物語

 昭和8年(1933)、世田谷区が成立した際に、新しい町名が付けられ、多くは旧村名、つまり大字がそのまま町名となりましたが例外もありました。
 例えば経堂はもともと大字経堂在家でしたが“ 在家” が除かれました。羽根木、大原はもとの字が町名とされたものです。また「三軒茶屋」と呼称されていた辻の名前が町名とされたり、上馬・下馬は上・下の馬引沢が短くされるなどしています。住居表示制度によって新たに生まれた町名も多くあります。桜上水は区域内に京王線桜上水駅があったことから付けられました。
 駒沢は旧弦巻町・旧上馬町・旧深沢町の一部を新たな町域として新設された町名で、駒沢公園は都立駒沢公園の区域を新たな町としたものです。桜新町は旧新町の西部で、新町分譲地を含む区域です。新町分譲地の中心の道路に桜並木が植えられていたことから桜新町という町名となったようです。
 旧廻沢町については、区画整理事業が実施されたことから、周辺の地区と町域を整理した上で、町名は新たに千歳台とされました。これにより旧村名の“ 廻沢” の町名がなくなりました。
 現在でも古い地名の名残を見かけることがあります。身近なところではバス停や交差点の名前に古い地名が残っている場合があります。
 なくなった地名が残る、昔の字名をとどめているものに、小学校の名も挙げられます。

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